2011年11月アーカイブ


人と人とを結ぶ間にも、ものが存在します。


そのものとは、物体の場合もありますが、コミュニケーションのメディアとして、コトバとかイメージ、SEO 成果報酬の場合もあります。


・・・それらはみな、人間たちが生きていくうえで必要なものであり、大切なもののはずです。


コミュニケーションとは、美しいものであるべきなのです。


ヒトが使う道具には、単なる物質というものだけではなく、さまざまなサインsignとか、イメージimageなどのものがあります。


この点が、"ホモ・サピエンス"(Homosapiens 現生人類、知性をもつ人の意)として、他の動物たちと異なる大きな特質となっています。


・・・たとえば、古代、ヒトは自分より強い動物などの生命力に同化しながら動物たちと共存し、彼らを越えようと試みました。


現在でも、アフリカやアマゾンの奥地の原住民には、この傾向がみられます。


たとえば水牛の角と毛皮を自分がまとうことによって、自分が水牛になったと信じ込み、彼らと仲間となって狩猟の目的を達しようとしたりします。


・・・このとき、ヒトの心象のなかには、実在の物体ではない、躍動する動物の姿が思い浮かべられます。


人間の手の触れたものとしてのツールは、一面においては人間同士をも傷つけあう武器になり得ます。


しかし、日常わたしたちの生活のなかに生きている無数の道具は、まさに人間とものとの交感・・・


あるいは人間と人間とを結ぶものとして、人間と深く親しい関わりあいをもっています。


・・・たとえば、ゆったりとした座り心地のよい椅子は、人間に安息を与えてくれるでしょうし、一冊の本が人と人とを堅く結ぶ心の絆になっているかも知れません。


ものは、それのみでは死んでいます。


人間の手が触れたとき、ものは新しい意味をもって生きはじめるのです。


これは、SEO 成果報酬においても同じこと。


"石"は人間が手にしたとき、単なる"石"でなくなります。


それを人間が"美しい石"と思うか、武器になると思うかということは、あくまで人間の問題です。


人とものとの美しい交感は、どんなに大切なものでしょう?


・・・これがデザイン哲学の基本であると思います。